2008年02月10日
オレはMr. ビーンか?
初めてニュージーランドで見たとき、感動した。なぜか?
僕の名前はエンドウ。子どものときから、あだ名はいつも
「えんどう豆」 だったのだ。
beanには さやえんどう という意味もあるからね。
だから彼と僕は仲間なのだ。ドラマの中の彼の行動には
あきれる。まるで小学生なのだ。
しかし、よく見ていたせいか、僕も同じようなことをしてしまう時がある。
前回アメリカに行った話をしたが、セントルイスで僕は風をひいた。
微熱が続き、せきが止まらない。
うちの父は肺炎で死んだから、きっと僕もやばいと思い込み、
キリスト教系の私立病院に行くことにした。 が、なんと海外旅行保険が
すぐには手続きがきかないらしく、一時的に払えと言う。
それはいやなので、隣の総合病院のER(救急外来)に行った。
待合室の患者は多くなかったので、すぐに7番診察室に連れて行かれ、
服を着替え、ベッドに寝かされた。酸素飽和度や心拍数、血圧を測る
機械を僕につけてナースは去った。
10分、20分、なかなか医者が来ない。
左を見ると酸素飽和度の数字がメーターに出ていた。
95あたりを推移している。ちょっと息を止めてみた。
数字は変わらない。 「よし、一分止めてやれ。 1,2,3…60秒」と
やってみた。でも変わらない。おかしいな〜と思いながら
「ふーーーっ」と 呼吸し始めたとたんに、メーターの数字は急降下!
87,86,85 とみるみる下がり、数字の色が真っ赤に光った。
「ビーッ ビーッ ビーッ!」 看護婦さんがあわてて来た。
「大丈夫ですかーっ?!」
あわてて咳き込む(ふりをする)僕。
「ごほごほ。だ、だ、大丈夫ですうう。」
「何かあったらこのボタンを押してくださいね。」
看護婦さんは行ってしまった。
数分して今度はトイレに行きたくなった。
しかしいろいろなコードがからだに付いている。
トイレは廊下を挟んだすぐ向かい側だ。
「ダッシュで行けばいいだろ」
手についていたコードをはずしたとたん、 「ピーーーッ」
心拍が消えた。
また看護婦さんがあわてて来た。
「何してるのーっ! ちゃんとボタンを押しなさい!」
人はいつも見ている人に似てくるらしい。
イエスに似た生き方をするなら、まず彼の行動をバイブルの中で
見てみるといいのだ。
ところで風邪の件だが、アメリカの薬は強力なのだろうか。
飲んだら翌日にはほぼ治っていた。
2008年02月01日
アメリカで、はまった
僕はアメリカが基本的に好きだ。
悪いところもあるが良いところもたくさんあって、その振れ幅が
日本よりも広い。ということは、良きにつけ、悪しきにつけ、
ダイナミックな体験ができるというものだ。
今回アメリカ国内の飛行機の移動でそれを感じた。
9.11以来、アメリカの航空業界がセキュリティに関して
かなりきっちりしてきていることは前々から感じていたが、
飛行機に乗ることそのものは日常的な国なので、多少柔軟に
対処してくれていると思った。その勘違いが原因だった。
その日は朝7:00の便でセントルイスに行く予定だった。
しかし、レンタカーを返却するのに手間取り、チェックイン
カウンターに着いたのは出発40分前、カウンターのおばさんは一言
「この便は乗れません。」
「ガーン!!」
「同じ経路の便は明日になります。100ドル払えば予約できます。」
「何いいいぃぃぃ!」
「シカゴ経由なら30分後にあります。100ドルいりません。」
「それ、いきます!」
ということで無事チェックイン。後は搭乗口に行くだけだ。
子どももいたりしたので手荷物検査に手間はかかったが、
無事シカゴ便の搭乗口へ。
10分前に、着!
さあゲートに入ろうとしたら一言
「この機には乗れません。」
「冗談でしょ。そこにいるじゃん。」
「15分前に乗らないとだめなのです。」
「ちょっと待て。そこを君の力でなんとかしてよ。」
「無理です。」
それを見ていた係りのおじさんが「ワシントン経由ならあるぜ。」
「何時?」
「一時間半後。」
「よろしく。」
かくして我々の荷物だけを載せ、シカゴ便は飛び立った。
フェアウェール!さらばだ。
一時間半後ワシントン行きの便にわれわれは無事乗った。
しかしアリゾナからミズーリに行くのに、東海岸までわざわざ
遠回りした僕達は疲れ気味。そこでみんなを元気づけた。
「みんな!このワシントン、ダレス空港は『ダイハード2』の
舞台だったんだぞ!すごいだろ。」
「おおお、写真撮ろう。写真!」
日本人観光客は立ち直りが早い。
セントルイスに着いたのは予定より7時間遅れ。
待ってくれていた現地の日本人の方々とは、話しをする時間が
なくなってしまい、申し訳なかった。
すべては引率者の僕の責任、大失敗だった。 と反省し、
一世一代の不覚と思ったが、アメリカに住んでいる知人は
「それ、普通だよ。」
といった。 「すごいぞ!アメリカ。」
2007年10月12日
「日本の教育って・・・」
僕は日本の教育現場に、少しく関わっている。最近おもしろいことを聞いたので書いてみる。
今年始めにリトアニアに行った。バスケットボールのコーチと一緒に学校のチームを強化する
ための助っ人生徒を探しに行ったのだ。 ![]()
そして、この春、日本にやってきたのがマンタス君だ。彼は16歳。身長198センチ。
まだ背は伸び続けている。 ![]()
さて、本題に入る。彼はアジアの国に来るのは初めてで、色々と不思議に思うことがあるようだ。
その一 「なぜ、日本の選手はプレー中頻繁に謝るのか?」
たぶん、われわれが普通に使っている「ごめん」、「わりい」、という言葉を聞き覚えてから、
どうも彼には耳障りなようだ。
「真剣にプレーするなら多少相手にぶつかるのは当たり前、よほどひどくない限り、謝らなくとも
いいよ」 とマンタス君は思っているらしい。
もしかしたら、僕らは頻繁に謝りすぎることでその言葉の意味をないものにしているんでは
なかろうか。これは考えさせられた。
その二「なぜ日本の学生は定期試験の時だけ勉強して、以後は忘れてしまうのか?」
彼の国はどうなの?と聞くと定期試験はなく、各授業ごとにその時の習得度テストを行うらしく、
一時限毎が真剣勝負になるという。事実、彼は日本に来て初めて、「授業中の居眠り」を見た。
これには相当衝撃を覚えたようだ。
上の二つのことだけからでも、日本の課題が見えてくるように思う。すぐ謝って自分を引っ込めて
しまう癖。そしてたまったストレスを陰口として吐き出す傾向。あまり考えず、その場だけの知識を
溜め込み、実践や知恵を意識させない勉強。
教育現場にいる者として責任を感じるとともに、教会や聖書を通して、少しでも人を尊重し、彼らの
刺激になれたらいいな、と強く思う。
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2007年08月22日
再発見!子どもと一緒に伝道できるかも
金曜日は東京へ行き、土曜日の朝は子どもをつれて、近くの工科大でロボット作り、
それが終わってすぐさま、奈良県生駒市の修養キャンプに行った。
途中参加だったが、夜の宣教体験にぜひとも参加したく、バイクで3時間かけて行ったのだ。
さて、夕方から3チームがいろいろな所に10-20名ぐらいづつ、分散した。
僕は町が好きなのでアメリカ村へ行き、三角公園で金融関係の青年や、アパレル業界で
独立を夢見る青年と話をし、彼らのために祈ったりしていた。
しかし、アメリカ村というところは店が閉まり始めるような時間帯からがおもしろい。
即席腕相撲大会やスケボーのお兄さんたちがパフォーマンスしてたりで、夜中まで
人気が途絶えないのだ。
ということで宿泊場所に帰ったのは午前一時近く、疲れてすぐ寝てしまった
翌日、朝のセレブレーションは前日夜の宣教の証し会、ほかのチームの話を聞いた。
その中に子ども連れのチームがあった。 彼らのしたことには驚いた。
人のいるモールのようなところに行ったらしいが、そこでまず祈る。
子どもたちもあまり集中してはいないけれども祈る。
そしてそこで見えたものを言ってもらう。 子どもだからシンプルだ。
「みかん」 「岩」 「茶髪」 「黒いかばん」 「花」…
脈絡は、ない
ところが親たちが一緒に歩いていくと、モールの中に噴水のような場所、 そこには岩が!
ふと隣を見るとみかんが並ぶコーナーが! そこの前には一人の女性が!!
子どもたちは用意したカードを彼女に渡しに行く。
その後で親が祈ってもいいですか?と聞き、オーケーが出れば祈る。
ほかの場所には黒いかばんを持った茶髪の女性が! 服には花柄がついている!!
子どもたちはダッシュ! その後で親が話をする。
神さまは子どもをこんな風に用いるんだな、と感心した。
うーむ、これは誰でも同じようにやってみたらいいと思ったぞ。
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